歴史という過去を辿る
自転車であちこち走り回る人の中には歴史好きな人も案外多い。特に熱心なツーリストの中には、やたら戦国時代の武将の勢力地図に詳しがったりする人がいるものだ。また近世では明治維新の頃の諸藩の動向などに該博な知識を持っている人がいたりして、私など舌を巻いてしまう。しかし人はなぜ、消え去った過去の時代にあれほど強い関心を持つことができるのか、考えてみると不思議でもある。もちろんまだ見えぬ未来にだってわれわれの関心はあるのだけれど、過去の方向に対するほど、未来に対する共感の幅を広げるのは難しくありはしないか。
[参考]
三井ガーデンホテル京都三条 - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad345376/
大津プリンスホテル - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad373565/
ナゴヤドーム-じゃらんnet
http://www.jalan.net/theme/park/nagoya_dome.html
私たちは自分の子孫や帰属意識のあるコミュニティの未来については、それなりに案じたりできるが、より大きな共同体の来るべき時代について、心の底から深く思いを巡らすことは、相当に難しい。ところが、過ぎ去った時代に関しては、私たちはかなりの共感能力を持っている。民族や国家を超えて、全人類的な意識にそこそこ近いと思われる態度で、歴史上の人物やドラマに感情移入することができるのだ。その人やその事件を実際に見たわけでもないのに。これは人生の謎のひとつだ。SF小説の愛好者よりも、明らかに歴史小説の愛好者のほうが多いのも事情の一端を反映している。過去を想うにも、未来を想うにも、必要なものは想像力、イマジネーションだ。だってその時代は見えないのだから。なるほど、過去に関しては私たちはいくらかの物的証拠や手がかりは持っているものの、それらが決してすべてを語りつくしているわけではない。そういう意味では、歴史を辿る旅というものは、とても内省的なものなのかもしれない。けれどなにも大げさに考えなくたっていい。自転車でスローに走ると、風はときおり過去の方角から吹いてきて、ちょっと眩量を起こしそうな感覚に包まれることがある。
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